鬼丸(おにまる)は皇室御物。
京粟田口派の刀工で、粟田口六兄弟の末弟である国綱の作である。
鬼丸という号の由来は太平記に、北条時政が毎夜毎夜、夢の中に現れる小鬼に苦しめられていたが。
夢の中に老翁が現れ、「自分は太刀国綱であるが、汚れた人の手に握られたので錆びてしまって鞘から出られない、妖怪を退治するから早く自分の錆を拭い去ってくれ」と告げた。
そこで国綱を研ぎなおした。
時政の部屋の火鉢の足は銀製で鬼をかたどって作られていた。
研ぎなおした国綱をそばに立てかけたところ誰も触らないのに国綱が倒れかかって、その鬼形台の鬼の首を切り落とした。
それ以来時政の夢に小鬼は現れなくなったといわれる。
この事件よりこの太刀を鬼丸と命名したといわれている。
鬼丸は北条家の重宝とされていたが、北条高時自刃後、新田義貞の手に渡り、やがて足利家の重宝となった。
その後は、足利義昭より織田信長を経て豊臣秀吉へ伝わったとも、直接秀吉へ贈られたともいわれているが、結局のところ、秀吉はこの鬼丸国綱を本阿弥光徳に預けた。
大阪の役の後には徳川家のものとなったけれども、徳川家康・徳川秀忠ともにそのまま本阿弥家に預けたままにしたといはれる。その後に後水尾院の皇太子が御誕生の節に御所に献上されたが、皇太子崩御、「不吉な太刀である」と再び本阿弥家に戻された。そのあと、八代将軍徳川吉宗は京都の本阿弥家に命じ、江戸城に持参した(献上させた)という記録がある。
そして明治に至り、預け主の江戸幕府が崩壊したので本阿弥家が新政府に届け出、明治14年(1881)明治天皇のもとに取り寄せられ、現在宮内庁の所蔵である。
2007年03月25日
銘刀清麿
源清麿は幕末に活躍した刀工。
本名は山浦環。
初銘は正行、ついで秀寿。
兄は刀工の山浦真雄。
水心子正秀、大慶直胤と並び「江戸三作」と称された名工。波乱に富ん人生であったことから、新々刀期の刀工の中でも特に人気が高い。
文化10年(1813年)信州小諸藩赤岩村の名主の次男として生まれ、刀工を目指した兄とともに上田藩工の河村寿隆に刀工の技を学び、後に武士を志して江戸に上り幕臣の軍学者で剣術家でもある窪田鈴音に入門するが、のちに鈴音が刀工として評価しその後見となり作刀に専念させた。
天保13年(1842年)、鈴音の尽力により一人三両掛け百振りの刀剣講「武器講一百之一」を依頼されるが、一振り目を完成させただけで長州萩に出奔。二年間をすごした後、鈴音に詫びを入れて江戸に戻った。
その頃から清麿銘を入れるようになった。
四谷北伊賀町に定住したため「四谷正宗」とも呼ばれた。
42歳で突如自害。自害の理由については酒毒の為に作刀ができなくなったことを悲観してという説が流れている。
作風は相州伝で刃文は五の目乱れ、または五の目丁子。
エピソードとして剣術の腕前も高く、窪田鈴音の道場では代稽古もつとめていた・・・とか勤皇の思想を持っていた為、幕臣の為には一振もうたなかったとか・・・・・
本名は山浦環。
初銘は正行、ついで秀寿。
兄は刀工の山浦真雄。
水心子正秀、大慶直胤と並び「江戸三作」と称された名工。波乱に富ん人生であったことから、新々刀期の刀工の中でも特に人気が高い。
文化10年(1813年)信州小諸藩赤岩村の名主の次男として生まれ、刀工を目指した兄とともに上田藩工の河村寿隆に刀工の技を学び、後に武士を志して江戸に上り幕臣の軍学者で剣術家でもある窪田鈴音に入門するが、のちに鈴音が刀工として評価しその後見となり作刀に専念させた。
天保13年(1842年)、鈴音の尽力により一人三両掛け百振りの刀剣講「武器講一百之一」を依頼されるが、一振り目を完成させただけで長州萩に出奔。二年間をすごした後、鈴音に詫びを入れて江戸に戻った。
その頃から清麿銘を入れるようになった。
四谷北伊賀町に定住したため「四谷正宗」とも呼ばれた。
42歳で突如自害。自害の理由については酒毒の為に作刀ができなくなったことを悲観してという説が流れている。
作風は相州伝で刃文は五の目乱れ、または五の目丁子。
エピソードとして剣術の腕前も高く、窪田鈴音の道場では代稽古もつとめていた・・・とか勤皇の思想を持っていた為、幕臣の為には一振もうたなかったとか・・・・・
銘刀国貞
井上真改、江戸時代前期に摂津国で活動した刀工である。本名は、井上八郎兵衛良次。
津田越前守助広と大坂新刀の双璧と称される刀工。
俗に「大坂正宗」などと言われ、現在、重要文化財に指定されている刀と太刀がある。
(江戸期に製作された刀で国宝は無い筈)
作品は、総じて焼き幅が広いので波紋は乱れ刃が多くである。
真改は陽明学を学び、中江藤樹の影響を強く受けたとも言われ、書をはじめ刀剣以外の美術・工芸にもくわしかったらしく、その書画も高く評価されている。
さらに又大酒豪だったらしい。
刀の銘は、壮年期まで「国貞」を用い、晩年「真改」と改めている。尚「真改」の頃は、御留鍛治であったので、藩主の許可がなく作刀を引き受けられなかったためか、真改銘の刀は非常に少ない。
真改の父親も国貞銘を使ったため、刀剣界では「親国貞」「真改国貞」と呼ばれている。
刀工であった井上国貞の次男として、日向国木花村木崎にて生まれ。 9歳のとき、当時京都に居た父の下で作刀を始める。
十代の後半には、既に一人前の刀工となり、20歳ごろには、盛んに父の代作を行ったとつたえられている。
慶安5年(1652年)24歳で父の死去に伴い襲名し飫肥藩伊東家から父同様150石を与えられ、25歳の時、「和泉守」を受領。銘を「和泉守国貞」としている。
寛文元年(1661年)朝廷に作品を献上し賞賛され、十六葉菊花紋を刀(なかご)に入れること許可された。
この頃より銘を「井上和泉守国貞」とした。
寛文12年(1672年)8月より、儒者の熊沢蕃山の命名で「真改」と改称。銘も「井上真改」と切るようになった。
天和2年、大酒の為、井戸へ転落し急逝したと言われている。享年53。
津田越前守助広と大坂新刀の双璧と称される刀工。
俗に「大坂正宗」などと言われ、現在、重要文化財に指定されている刀と太刀がある。
(江戸期に製作された刀で国宝は無い筈)
作品は、総じて焼き幅が広いので波紋は乱れ刃が多くである。
真改は陽明学を学び、中江藤樹の影響を強く受けたとも言われ、書をはじめ刀剣以外の美術・工芸にもくわしかったらしく、その書画も高く評価されている。
さらに又大酒豪だったらしい。
刀の銘は、壮年期まで「国貞」を用い、晩年「真改」と改めている。尚「真改」の頃は、御留鍛治であったので、藩主の許可がなく作刀を引き受けられなかったためか、真改銘の刀は非常に少ない。
真改の父親も国貞銘を使ったため、刀剣界では「親国貞」「真改国貞」と呼ばれている。
刀工であった井上国貞の次男として、日向国木花村木崎にて生まれ。 9歳のとき、当時京都に居た父の下で作刀を始める。
十代の後半には、既に一人前の刀工となり、20歳ごろには、盛んに父の代作を行ったとつたえられている。
慶安5年(1652年)24歳で父の死去に伴い襲名し飫肥藩伊東家から父同様150石を与えられ、25歳の時、「和泉守」を受領。銘を「和泉守国貞」としている。
寛文元年(1661年)朝廷に作品を献上し賞賛され、十六葉菊花紋を刀(なかご)に入れること許可された。
この頃より銘を「井上和泉守国貞」とした。
寛文12年(1672年)8月より、儒者の熊沢蕃山の命名で「真改」と改称。銘も「井上真改」と切るようになった。
天和2年、大酒の為、井戸へ転落し急逝したと言われている。享年53。
銘刀菊一文字則宗
菊一文字則宗(きくいちもんじのりむね)は鎌倉時代に後鳥羽上皇が、一文字派の祖で備前国の刀工である一文字則宗に打たせた一連の日本刀の総称で、天下五剣と並び称される銘刀である。
後鳥羽上皇は諸国の名刀工を招き鍛えさせ、親しく焼刃をされたと伝えられる。
則宗は御番鍛冶を務めいたため、 後鳥羽上皇が皇位の、16弁の菊紋を銘に入れることを許されたようである。
一文字派は銘を「一」とだけ彫っていたが、それに加えて菊のを彫りこんだので菊一文字と称されるようになった。
ただしあくまで称されただけであって、菊一文字と言う銘はない。それに現存する則宗の刀の中に菊の銘を切ったものはない。多分後世、御番鍛冶の筆頭を務めていた則宗だから菊文を切ったであろうと考え、則宗の刀が菊一文字と呼ばれるようになったと思われる。
則宗以外の刀工で菊と一の銘を彫る刀工は何人か存在したが、これも銘は菊一文字ではない。
菊一文字と言う刀は則宗の刀を巷の創作銘であろう。
新撰組の一番隊組長沖田総司が銘刀菊一文字則宗を差料としていたととは俄に信じがたいことである、幕末には、則宗の刀は既に国宝的な扱いを受けており、到底、沖田如きの手の出せる代物ではない。
これは歴史小説作家の司馬遼太郎が著書「新撰組血風録」の中に描いた小説のなかでの話、前述の則宗以外の刀工の菊と一の紋の刀ならば多少の可能性はあるが、新撰組に関する記録で沖田の差し料は菊一文字書かれた記録は無く、加州清光を使っていたとの記録ならある。
もちろん何度も真剣のわたりあいを演じた沖田は何度か刀を取り替えたであろうから、菊と一の紋の刀を使った可能性が完全に無いわけではない。
後鳥羽上皇は諸国の名刀工を招き鍛えさせ、親しく焼刃をされたと伝えられる。
則宗は御番鍛冶を務めいたため、 後鳥羽上皇が皇位の、16弁の菊紋を銘に入れることを許されたようである。
一文字派は銘を「一」とだけ彫っていたが、それに加えて菊のを彫りこんだので菊一文字と称されるようになった。
ただしあくまで称されただけであって、菊一文字と言う銘はない。それに現存する則宗の刀の中に菊の銘を切ったものはない。多分後世、御番鍛冶の筆頭を務めていた則宗だから菊文を切ったであろうと考え、則宗の刀が菊一文字と呼ばれるようになったと思われる。
則宗以外の刀工で菊と一の銘を彫る刀工は何人か存在したが、これも銘は菊一文字ではない。
菊一文字と言う刀は則宗の刀を巷の創作銘であろう。
新撰組の一番隊組長沖田総司が銘刀菊一文字則宗を差料としていたととは俄に信じがたいことである、幕末には、則宗の刀は既に国宝的な扱いを受けており、到底、沖田如きの手の出せる代物ではない。
これは歴史小説作家の司馬遼太郎が著書「新撰組血風録」の中に描いた小説のなかでの話、前述の則宗以外の刀工の菊と一の紋の刀ならば多少の可能性はあるが、新撰組に関する記録で沖田の差し料は菊一文字書かれた記録は無く、加州清光を使っていたとの記録ならある。
もちろん何度も真剣のわたりあいを演じた沖田は何度か刀を取り替えたであろうから、菊と一の紋の刀を使った可能性が完全に無いわけではない。
ブランド品・銘刀虎徹
地鉄が緻密で切れ味鋭い名刀として有名。別名、長曾禰虎徹(ながそねこてつ)、興里(おきさと)である。
虎徹は石田三成の佐和山城下(滋賀県彦根市)に生まれ、幼少期に関ヶ原の合戦後金沢に移る。
金沢では甲冑の名工としても有名であった。
後江戸に移って刀鍛冶に変身したのは50歳近くのことであった。はじめは古鉄と名乗り、兜や古釘など、古い鉄を溶かしては打ち直し刀に作ったそうである。
刀の斬れ味は素晴らしく、また刀身に彫りこんだ彫刻も見事で、時代劇、ドラマ、等によく登場する。
虎徹を新選組局長・近藤勇がどのようにして手に入れたかについては、「新撰組始末記」では、「江戸で買い求めた説」「鴻池に貰った説」「斎藤一が掘り出した説」の三説が有力としている。実際のところは近藤の虎徹は、当時名工として名を馳せていた源清麿の打った刀に虎徹の偽銘を施したものとする説が司馬遼太郎の小説『新撰組血風録』にある。
この小説の中では、上記の3つの説全てを取りこんで、江戸で買ったのは偽虎徹であり、鴻池からもらったのと斎藤が掘り出したのは本物の虎徹で計2本。
近藤が常用していたのは偽虎徹となっている、現在ではこちらの説が有力である。
尚、清麿も稀代の名工と謳われた刀匠であり、偽銘品ながら虎徹に勝るとも劣らぬ性能を発揮した筈である。
刀剣の業物一覧では、源清麿は最上大業物12工にランクインしている。
虎徹は石田三成の佐和山城下(滋賀県彦根市)に生まれ、幼少期に関ヶ原の合戦後金沢に移る。
金沢では甲冑の名工としても有名であった。
後江戸に移って刀鍛冶に変身したのは50歳近くのことであった。はじめは古鉄と名乗り、兜や古釘など、古い鉄を溶かしては打ち直し刀に作ったそうである。
刀の斬れ味は素晴らしく、また刀身に彫りこんだ彫刻も見事で、時代劇、ドラマ、等によく登場する。
虎徹を新選組局長・近藤勇がどのようにして手に入れたかについては、「新撰組始末記」では、「江戸で買い求めた説」「鴻池に貰った説」「斎藤一が掘り出した説」の三説が有力としている。実際のところは近藤の虎徹は、当時名工として名を馳せていた源清麿の打った刀に虎徹の偽銘を施したものとする説が司馬遼太郎の小説『新撰組血風録』にある。
この小説の中では、上記の3つの説全てを取りこんで、江戸で買ったのは偽虎徹であり、鴻池からもらったのと斎藤が掘り出したのは本物の虎徹で計2本。
近藤が常用していたのは偽虎徹となっている、現在ではこちらの説が有力である。
尚、清麿も稀代の名工と謳われた刀匠であり、偽銘品ながら虎徹に勝るとも劣らぬ性能を発揮した筈である。
刀剣の業物一覧では、源清麿は最上大業物12工にランクインしている。
ブランド品・銘刀関の孫六
作刀期間は大永3年(1523年)頃から天文7年(1538年)頃までと認められる。
大永8年(1528年)8月以降から3本杉心が始まり、銘振りにも力強くなり、鎌倉末期様式の豪壮な姿形の銘刀を造るようになった。
「孫六」は俗名であり「校正古刀銘鑑」の二代目兼元をさすことなっている。
末関の頂点を二分する2代目兼定とならんで美濃伝の作風を知らしめた。永正の頃に初代兼定のもとで修行し、その息子「兼定(2代)」と兄弟の契りを結んだという。
習作時代は兼本と銘を切り、戦国時代に「折れず曲がらずよく斬れる」謳われ、武田信玄・豊臣秀吉・前田利政など錚々たる武将が佩刀とした。
<姿形>
磨り上げても流麗さを損なわない輪反り、身幅ひろく、重ねうすくして、平肉のない造り、刃通りをよくした剣形である。
肌平地が板目流れて柾少なく見事、これが他の兼元を名乗る刀工と異なる、但し平造りの短刀に限っては杢目勝ちの肌のものある。
<刃紋>
刃縁は柔らかく尖り、心の互の目に力強さがあり焼頭から刃先に抜け刃中の働きは豊富で自ら創案した凄絶な草の三本杉となり、世上誉れ高い「関の孫六三本杉」である。
地鉄そのものが強靭にできているため、研ぎ減って刃が駆け出したものでも他の刀をも両断してしまうほどの強靭性がある。
その秘密は美濃伝特有の「四方詰」鍛錬法にあり。
その「四方詰」とは軟らかい鋼の四方を硬い鋼で固める鍛錬法で、極度に高度な技術を必要とする、関鍛冶独特のものなのである。
刀剣界に於いて2代目兼元(孫六)は赤坂(現在の大垣市)で鍛刀していたのだから「関の孫六」ではない、との説があるが、それは思い違いである。
なぜならば、延徳の終わり頃に清関兼元と兼基と孫六兼元らが赤坂から産出する優秀な赤鉄鉱を求めるため関から赤坂へ出向いたのであり、赤坂千手院鍛冶には決して同化せず。
関鍛冶にだけ許される「兼」の字を用い、茎の仕立て(鑢目など)など関鍛冶の掟を墨守してる、従って親しまれてきた「関の孫六」が正しい。
大永8年(1528年)8月以降から3本杉心が始まり、銘振りにも力強くなり、鎌倉末期様式の豪壮な姿形の銘刀を造るようになった。
「孫六」は俗名であり「校正古刀銘鑑」の二代目兼元をさすことなっている。
末関の頂点を二分する2代目兼定とならんで美濃伝の作風を知らしめた。永正の頃に初代兼定のもとで修行し、その息子「兼定(2代)」と兄弟の契りを結んだという。
習作時代は兼本と銘を切り、戦国時代に「折れず曲がらずよく斬れる」謳われ、武田信玄・豊臣秀吉・前田利政など錚々たる武将が佩刀とした。
<姿形>
磨り上げても流麗さを損なわない輪反り、身幅ひろく、重ねうすくして、平肉のない造り、刃通りをよくした剣形である。
肌平地が板目流れて柾少なく見事、これが他の兼元を名乗る刀工と異なる、但し平造りの短刀に限っては杢目勝ちの肌のものある。
<刃紋>
刃縁は柔らかく尖り、心の互の目に力強さがあり焼頭から刃先に抜け刃中の働きは豊富で自ら創案した凄絶な草の三本杉となり、世上誉れ高い「関の孫六三本杉」である。
地鉄そのものが強靭にできているため、研ぎ減って刃が駆け出したものでも他の刀をも両断してしまうほどの強靭性がある。
その秘密は美濃伝特有の「四方詰」鍛錬法にあり。
その「四方詰」とは軟らかい鋼の四方を硬い鋼で固める鍛錬法で、極度に高度な技術を必要とする、関鍛冶独特のものなのである。
刀剣界に於いて2代目兼元(孫六)は赤坂(現在の大垣市)で鍛刀していたのだから「関の孫六」ではない、との説があるが、それは思い違いである。
なぜならば、延徳の終わり頃に清関兼元と兼基と孫六兼元らが赤坂から産出する優秀な赤鉄鉱を求めるため関から赤坂へ出向いたのであり、赤坂千手院鍛冶には決して同化せず。
関鍛冶にだけ許される「兼」の字を用い、茎の仕立て(鑢目など)など関鍛冶の掟を墨守してる、従って親しまれてきた「関の孫六」が正しい。
ブランド品・銘刀正宗
正宗(まさむね、生没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期に相模国鎌倉で活動したとされる刀工。
五郎入道正宗、岡崎正宗、岡崎五郎入道などと称した、日本刀剣史上もっとも著名な刀工である。
「相州伝」と称される作風を作り、多くの弟子を育成した。
正宗の人物およびその作った刀はさまざまな逸話や伝説が渦まいており、講談などでもしばしば取り上げられている。
「正宗」の名は名刀の代名詞となっており、芸術性の高い作風は後の刀工に多大な影響を与えた。
日本刀の頂点とも言える鎌倉時代末期に相州伝を完成させた。
日本刀剣史では、山城、大和、備前、美濃、相模の五か国の刀剣に特徴的な作風をそれぞれ「山城伝」「大和伝」「備前伝」「美濃伝」「相州伝」とし、これらを総称して「五か伝」というのだが。
正宗はこのうちの「相州伝」の創始、完成者である。
正宗の造った刀は、日本刀剣史のみならず日本美術史に於いて極めて重要な位置にあり、皇室の御物をはじめ日本の文化遺産として大切に保存されている。
武士の町、鎌倉には早い時代から刀鍛冶が存在したが、その正確な事は明らかではない。
鎌倉幕府第5代執権の北条時頼(在職1246 - 1256)は、山城(京)や備前から刀鍛冶を召してと言われているが、相州鍛冶の実質的な祖とされているのは鎌倉時代末期に活動した新藤五国光である、かれが正宗の師だつたとされている。
この系統の刀工には、国光の弟子とされる者に行光、正宗、則重がおり、正宗の弟子とされる者に貞宗がいて、それぞれに現存作刀が残されている。
正宗の弟子に「正宗十哲」と呼ばれる刀工がおり、山城、美濃、備前など各地の刀工が含まれている。
これら全てを正宗の弟子と見なすことについては否定的な意見が多いが、彼らは正宗に近似の作風であり後々まで各地の刀工に影響を与えたことは確かである
五郎入道正宗、岡崎正宗、岡崎五郎入道などと称した、日本刀剣史上もっとも著名な刀工である。
「相州伝」と称される作風を作り、多くの弟子を育成した。
正宗の人物およびその作った刀はさまざまな逸話や伝説が渦まいており、講談などでもしばしば取り上げられている。
「正宗」の名は名刀の代名詞となっており、芸術性の高い作風は後の刀工に多大な影響を与えた。
日本刀の頂点とも言える鎌倉時代末期に相州伝を完成させた。
日本刀剣史では、山城、大和、備前、美濃、相模の五か国の刀剣に特徴的な作風をそれぞれ「山城伝」「大和伝」「備前伝」「美濃伝」「相州伝」とし、これらを総称して「五か伝」というのだが。
正宗はこのうちの「相州伝」の創始、完成者である。
正宗の造った刀は、日本刀剣史のみならず日本美術史に於いて極めて重要な位置にあり、皇室の御物をはじめ日本の文化遺産として大切に保存されている。
武士の町、鎌倉には早い時代から刀鍛冶が存在したが、その正確な事は明らかではない。
鎌倉幕府第5代執権の北条時頼(在職1246 - 1256)は、山城(京)や備前から刀鍛冶を召してと言われているが、相州鍛冶の実質的な祖とされているのは鎌倉時代末期に活動した新藤五国光である、かれが正宗の師だつたとされている。
この系統の刀工には、国光の弟子とされる者に行光、正宗、則重がおり、正宗の弟子とされる者に貞宗がいて、それぞれに現存作刀が残されている。
正宗の弟子に「正宗十哲」と呼ばれる刀工がおり、山城、美濃、備前など各地の刀工が含まれている。
これら全てを正宗の弟子と見なすことについては否定的な意見が多いが、彼らは正宗に近似の作風であり後々まで各地の刀工に影響を与えたことは確かである
ブランド品・銘刀秀春
本名は藤本和一郎 文政四年、松井林蔵の長男として伯耆国に生まれる、刀工をこころざし江戸に出、出羽国出身の【山本嘉伝次秀直】の弟子となる。
鍛刀修業すること五年、師匠の一字をもらい「秀春」なり郷里八橋村に帰り刀鍛冶を開業。
切り銘は【伯州住秀春】【伯州住尚春】など。
【秀春】【尚春】は同一刀工であり長男は【尚家】と切り、その後【直綱】と改名。
作風は備前、鍛えは小杢目よく詰み無地風となり、刃紋は直刃が多く、互の目の乱れ、丁子刃等にものもある。
【秀春】は出来上がった作刀を雨石の間に渡し、その上から大石を落とし強度試験をし、折れ、曲がりすると又、打ち直し、満足できる作刀しか銘切りしなかった。
慶応二年八橋城主が抱え工となるよう命じても聞かず、八橋から赤崎町の別所尻夫婦岩付近に追放された。
その赤貧の中精魂を傾け力作を作ったという。
その鍛えた刀は折れず、曲がらず、切れ味凄しと評された。
この秀春が、川合某氏に記念の記として自分の半生を文にすることを依頼しその文書が現在残されています。
その文書によると、秀春の父は破産、脱走したという。
その妻の舅中井三郎左衛門が義の人で、秀春の母に腹の子生めば吾が子として育てる旨言い聞かせ、文政四年八月七日男子を産む。是が【秀春】です。
この秀春の記念の文書等々で秀春の人となりを推すると、真に実直な一本木な人だったと思え、一本気な人は変わり者、変骨漢多いのが事実。
なるほど残された刀も真面目、地味、刀が多く性格を顕すと感じます。
この様な均一的な刀は、現代では面白みが無いとして余り賞美されませんが、本質を具備している刀としては上位にランクされるべき刀と考えられます。
鍛刀修業すること五年、師匠の一字をもらい「秀春」なり郷里八橋村に帰り刀鍛冶を開業。
切り銘は【伯州住秀春】【伯州住尚春】など。
【秀春】【尚春】は同一刀工であり長男は【尚家】と切り、その後【直綱】と改名。
作風は備前、鍛えは小杢目よく詰み無地風となり、刃紋は直刃が多く、互の目の乱れ、丁子刃等にものもある。
【秀春】は出来上がった作刀を雨石の間に渡し、その上から大石を落とし強度試験をし、折れ、曲がりすると又、打ち直し、満足できる作刀しか銘切りしなかった。
慶応二年八橋城主が抱え工となるよう命じても聞かず、八橋から赤崎町の別所尻夫婦岩付近に追放された。
その赤貧の中精魂を傾け力作を作ったという。
その鍛えた刀は折れず、曲がらず、切れ味凄しと評された。
この秀春が、川合某氏に記念の記として自分の半生を文にすることを依頼しその文書が現在残されています。
その文書によると、秀春の父は破産、脱走したという。
その妻の舅中井三郎左衛門が義の人で、秀春の母に腹の子生めば吾が子として育てる旨言い聞かせ、文政四年八月七日男子を産む。是が【秀春】です。
この秀春の記念の文書等々で秀春の人となりを推すると、真に実直な一本木な人だったと思え、一本気な人は変わり者、変骨漢多いのが事実。
なるほど残された刀も真面目、地味、刀が多く性格を顕すと感じます。
この様な均一的な刀は、現代では面白みが無いとして余り賞美されませんが、本質を具備している刀としては上位にランクされるべき刀と考えられます。
ブランド品・妖刀村正
千子村正は伊勢桑名(三重県桑名市)の刀鍛冶で、村正の刀は(妖刀として)有名な銘刀です。
銘刀村正が妖刀と呼ばれるようになったのは徳川家康家に伝わる以下の逸話が元である。
家康の祖父清康と父広忠は共に家臣の謀反によって殺害されており、その折りどちらも村正で斬られたためである。
また、家康の嫡男信康が謀反の疑いで死罪となったがその時、村正が介錯に使われた。
さらに、家臣が偶然槍を取り落とし家康が負傷するという事件が起こり、調査してみるとこの槍も村正であったという。
これらの経緯から徳川家は銘刀村正を嫌悪するようになり、世間でも忌避されるようになった。
これが転じて妖刀として芝居などに登場するようになったことで、「妖刀村正」として有名になった。
経緯に関しては村正が徳川領・三河に近い伊勢の名工であり、単に三河に村正の刀が絶対的に数が多かった為徳川家の事件に村正が使われたのであるかも知れない。
実際に、徳川華に仇なす「妖刀村正」と言われるが、徳川家康の危機を幾度も救った徳川家の武将・本多忠勝の愛用した「銘刀蜻蛉切」は正真正銘の「銘刀村正」であった。
徳川家からは嫌われた村正であるが、当然のことに徳川家と対立する立場の者には、ゲンの良いかつぎとして「銘刀村正」は好まれた。
例えば大阪の陣で名を馳せた名将・真田信繁(幸村)の差料も「銘刀村正」、徳川政権初期に謀反の疑いで処刑された由井正雪も村正を所持していた。さらに幕末期の倒幕派志士達も好んで村正を求めたといわれ、
西郷南州(西郷隆盛)も「銘刀村正」を差料としていた。
しかし皮肉なことに、これらの「銘刀村正」所持者達は殆ど非業の死を遂げている。
銘刀村正が妖刀と呼ばれるようになったのは徳川家康家に伝わる以下の逸話が元である。
家康の祖父清康と父広忠は共に家臣の謀反によって殺害されており、その折りどちらも村正で斬られたためである。
また、家康の嫡男信康が謀反の疑いで死罪となったがその時、村正が介錯に使われた。
さらに、家臣が偶然槍を取り落とし家康が負傷するという事件が起こり、調査してみるとこの槍も村正であったという。
これらの経緯から徳川家は銘刀村正を嫌悪するようになり、世間でも忌避されるようになった。
これが転じて妖刀として芝居などに登場するようになったことで、「妖刀村正」として有名になった。
経緯に関しては村正が徳川領・三河に近い伊勢の名工であり、単に三河に村正の刀が絶対的に数が多かった為徳川家の事件に村正が使われたのであるかも知れない。
実際に、徳川華に仇なす「妖刀村正」と言われるが、徳川家康の危機を幾度も救った徳川家の武将・本多忠勝の愛用した「銘刀蜻蛉切」は正真正銘の「銘刀村正」であった。
徳川家からは嫌われた村正であるが、当然のことに徳川家と対立する立場の者には、ゲンの良いかつぎとして「銘刀村正」は好まれた。
例えば大阪の陣で名を馳せた名将・真田信繁(幸村)の差料も「銘刀村正」、徳川政権初期に謀反の疑いで処刑された由井正雪も村正を所持していた。さらに幕末期の倒幕派志士達も好んで村正を求めたといわれ、
西郷南州(西郷隆盛)も「銘刀村正」を差料としていた。
しかし皮肉なことに、これらの「銘刀村正」所持者達は殆ど非業の死を遂げている。
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